こんにちは、今日はインドで
活動している日本人僧侶、
佐々井秀嶺さんについて紹介したいと思います。
佐々井秀嶺師とは
佐々井秀嶺さんは、
インド仏教復興運動の中心人物であり、
インド仏教徒1億5000万人の
頂点に立っています。
彼はどのようにしてインドに渡り、
どのような活動をしているのでしょうか。
彼の驚くべき半生と功績を見ていきましょう。
占いなんて信じない‼
でも利用するのはあり‼
著名な芸能人や政治家は
いつの時代も占いを大切にしてきました。
あなたも気軽に家から利用できる
100円からはじめられて
3000円分クーポンももらえる
好きな占い師に話を聞いてもらおう(通話料無料)
その生い立ちは?
インドへのきっかけは?
佐々井秀嶺さんは、
高尾山薬王院の僧侶として
修行を積みましたが、
タイに留学した際にインド仏教に興味を持ちました。
1966年にインドに渡り、
カルカッタやラージギルで布教活動を始めました。
1967年には龍樹菩薩の夢告により、
ナーグプルという地に移りました。
そこで彼は、アンベードカルという指導者が
率いたインド仏教復興運動に参加しました。
アンベードカルは、
インドのカースト制度の下で
最下層に置かれた
不可触民(ダリット)の出身であり、
法律家や政治家として活躍しました。
彼は不可触民の解放のために
仏教への改宗を呼びかけ、
1956年に自らも仏教徒となりました。
その後間もなく死去しましたが、
彼の影響で多くの不可触民が仏教へと改宗しました。
そして仏教へ深くかかわっていきます
佐々井秀嶺さんは、
アンベードカルの遺志を継ぎ、
不可触民の仏教化や社会的向上を目指しました。
彼はナーグプルに寺院や学校、
診療所などを建設し、
貧しい人々に教育や医療を提供しました。
また、全インド仏教大会の大導師として
各地で大改宗式や仏教式典を主催しました。
彼はインド名をアーリヤ・ナーガールジュナと名乗り、
龍樹菩薩の再来として尊敬されました。
そしてインド仏教最高位へ
2003年、インド政府の少数者委員会の
仏教代表に任命され(任期3年)、
名実ともにインド仏教最高指導者となる。
その時の本人の言葉はこちら
「俺は最高指導者なんて言ったことない。
yahoo news
俺はインド仏教の奴隷。
彼らは奴隷から仏教徒になった。
俺はその奴隷だ。
日本では最高指導者と言うが、
夢にもそんなこと言ったこともないし、
考えたこともありません。
インド仏教の奴隷者です」
世間の反応は?
本当に偉大だと思うのは、最高指導者の地位に就いたことではなく、そこに至るまでの人望を集めたことですよね。
小野龍光さんの師匠はすごい方ですね
佐々井さんからは、多くの学びを頂きましたが、どれも幼少期から、周囲の大人から一度は言われたことがある極めてシンプルな内容でした。ただ誰でもできることを誰にでも真似できないくらい圧倒的にやり続けることで、周囲の信望を得られることを行動を通して拝見させていただきました。
多くの方が「この方のようになりたい、この方と共に時間を過ごし、心清らかに生きたい」という想いを募らせるのだろうなとしみじみと感じました。